四季の移ろいを考える

Essay by fumi

「あはれ今年の秋もいぬめり」、百人一首にも採られた藤原基俊の歌の下の句です。この歌は、上の句が「契りおきしさせもが露を命にて」ですから、恋愛歌なのかなと思いがちですが、いくつかの解題を読むと、恋煩いを装いながら実のところ俗世間の名声が得られないことを残念がるといういささか興ざめな解説がなされています。

 万葉集は措くとして、古今和歌集以降、ほとんどの勅撰集は、春夏秋冬という四季ごとに分けて歌集を編集してきました。さらに古今和歌集をはじめ多くの歌集は、作品を春一、春二、夏、秋一、秋二、冬のようにして春秋の作品を多く収めています。

 ヨーロッパの事情はどうでしょうか。たとえば、シェリーの「冬来たりなば春遠からじ」は、暗鬱なイギリスの冬から明るい春を待ち望む気持ちが伝わります。ジョージハリソンの“Here comes the sun”も春の到来を温もりが伝わってくるメロディに託しています。ヨーロッパにも美しい春の詩や歌があります。しかし、ヨーロッパの季節についてのいろいろな本を読むと、昔は夏と冬の2つの単語しかなかったなどと書いてあります。研究社の英語語源小辞典によると時代が下って春が加わって三季になり、そして最後に秋が加わって四季になりました。青春、朱夏、白秋、玄冬の四色で分けた四季の完成です(図1)。

図1

 東洋と西洋とを比べるといろいろな違いが面白いのですが、季節に関しても東洋、特に日本では、春秋に目が向いていて、西洋では夏冬に関心があるようです。  ところで、地球温暖化が話題になってから一年を通して全般的に気温が上がり気味になりました。確かに真夏の時期は摂氏四十度近くになることは昭和の頃まではあまりなかったように思います。しかし、また別の特徴が見えて来たという話題も出てきました。それは冬から夏に、夏から冬に一気に移っているのではないか、つまり、春と秋が短くなっているというのです(図2)。確かに一週間前までは半袖だったのに、今日はもう冬のコートを着て出かける朝なのかと私も少し困惑することがあります。

図2

 「図と地」の話になりますが、「○○に目が向いている」「〇〇に関心がある」とは、○○を図として認識しているということです。図1と図2を見比べてみると図2では春の青と秋の白の面積が減っています。人は面積が小さいところを図として認識する傾向があります。

 短い春と秋を楽しみたいと思います。

投稿者プロフィール

浅沼志帆

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