坂のある国

essay by fumi

日本全国に有名な坂がいくつもあります。日光のいろは坂、新宿の神楽坂、長崎のオランダ坂など挙げていけばキリがないでしょう。横浜保土ヶ谷区の権太坂は新年早々に注目を浴びます。箱根駅伝でデッドヒートが繰り広げられることもあるレースの要衝です。渋谷駅は文字通り谷の底にあるので、特に東西と南方向にのぼり坂になっています。西の道玄坂と東の宮益坂はどちらも多くの人が上り下る名の知れた坂です。ここしばらくの渋谷駅周辺の再開発に伴いこの二つの坂を駅をまたいで繋ぐ巨大な歩道橋、「スカイウェイ」計画があるそうです。

 私たちのご先祖が、木の上から草原に降りて来たのがいつの頃なのか判然としませんが、現代人は平坦で勾配の小さな平面での生活が普通になりました。特に文明の発祥地は大河が作り出す巨大な平野でした。だからこそ局所的な勾配が大きな場所を「坂」と名づけるようになったのかも知れません。私は坂、特に上り坂を目の前にすると、視覚的に重力を予見します。重力に逆らって登って行くのだという仕事を意識するのです。少し急な坂であれば、上り詰めて「やれやれ」と一息つくこともあります。

 坂は「意識」を促します。平坦な地面、つなわち「地」であったものが、「坂」という名の「図」となって現れます。

 ところで、「坂」は英語で何というのでしょうか。物理的に勾配を持った地面を“slope”と言うことはありますが、日本のいろは坂を“Iroha Slope”とは言わないでしょう。たとえば、サンフランシスコのロンバードやニュージーランドのボールドウィンなどは「坂」という単語がないので、急な坂があっても「ストリート」と呼ばれるだけです。

 「坂」はりっぱな漢字ですが、現代中国語では「坡」を用いるようです。さらに名所として固有名詞としての「坡」を調べると、「瀋陽怪坡」が、上っているようで実は下っているので、モノが上方に転がるように錯覚する「おばけ坂」として有名なくらいです。

 司馬遼太郎の「坂の上の雲」は、日本人にとっての坂を考える作品かも知れません。

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浅沼志帆

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