言葉の広がり
essay by fumi
「旦那」、「檀那」は、わが国では通常の話し言葉でも使われるありふれた言葉です。本来の意味は「布施」ですが、現代的な使い方は夫を指すことが多いでしょう。漢詩集「性霊集」に出て来ますから、かれこれ千年以上使われてきました。
「ドナー」は、臓器提供者という意味で使われるのが一般的です。1950年代にジョセフ・マレーが、臓器移植に成功し、以来ドナーは広く人々の知る言葉になりました。サンスクリット語の“dāna”は、はるか昔に東進し、仏教とともに日本に辿り着きました。一方、ラテン語、フランス語を経由して、英語にもなり、西回りでアメリカからで20世紀に医学とともに日本に入ってきました。起源を同じくする言葉が地球を一周したわけです。
言葉は運ばれるうちに微妙に意味を変えながら、元の言葉と共存することが少なくありません。アメリカの「バーボンウィスキー」は、フランスのブルボン王朝に由来しますし、オスマン帝国のスレイマン大帝は、聖書では「ソロモン」です。共和制ローマの末期に現れたカエサル(シーザー)は、ドイツ語の「カイザー」やロシア語の「ツァーリ」となって、皇帝を意味するようになりました。
ニューヨーク、ニューオリンズ、ニューギニアなどは、もともとのヨーク、オルレアン、ギニアと関係があると言われればありますが、まあ勢いで付けた名称でしょう。ユダヤ人が名乗ったジョン、ポール、マリアなどは無数の西欧人のファーストネームになりました。
ホモサピエンスと自らを名のる人類は、故郷のアフリカを出て、全世界に広がって行きました。植物も含めて生物は、条件さえ整えば「広がって」ゆきます。人の特徴は「文化を持つこと」ですから、生物としての広がりは文化の広がりも意味します。広がった人類は、それぞれの場所の風土や気候に応じて、人種に分かれ、さらに文化の独自性を深めてゆきました。
ところで、ヨーロッパに端を発した大航海時代は、数世紀が経ち、現在はグローバリゼーションという言葉で世界を一体化しようとしています。これもまた「広がり」の一つに過ぎないのでしょうか。このグローバリゼーションは、資本主義と科学技術を携えているため、他の文化圏を蹂躙してきた歴史があります。19世紀から20世紀にかけてのあからさまな暴力は現在も世界のあちこちで勃発しています。さらに、形を変えた搾取はますます巧妙になってきています。
それぞれの文化圏は互いに影響を与え合いながらも、その文化を守ってきました。むしろ交流によってそれぞれの文化がより豊かになったと言ったほうが良いでしょう。グローバリゼーションが、あまりに強力なため、他の文化圏を根こそぎ破壊することを恐れます。

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